1. 塗料・塗装の用語とペンキについて

塗装の目的は被塗物を保護することと、我々に快適な環境を与えてくれることです。今回と次回は、図1-1に示す大型構造物の防食塗装を取り上げます。これらを保護するために塗装系がどのように変遷してきたのかを解説します。まず、用語の意味から始めます。
塗装系(Paint system あるいは、Coating system)とは下塗りから上塗りまでの塗料の組み合わせを意味し、上塗り塗料の名称が塗装系を表します。塗装系が指示されると、下塗り、中塗り塗料が確定されます。塗装仕上げに必要な作業を工程と呼び、これらを作業順に並べたものを塗装工程表と呼びます。そして、塗装仕様とは、各工程の塗料名と乾燥、硬化条件、並びに膜厚が指示され、各工程の作業条件(研磨作業であれば、研磨紙の番手)を細部にわたって規定したものです。
1958年に完成した東京タワーには、合成樹脂塗料時代を代表する長油性アルキド樹脂をビヒクルとする塗料が採用され、下塗りのさび止め塗料から中塗り、上塗りまで塗装されました。これらの塗料を何と呼んだら良いのか、しばしば迷います。油を原料とする塗料の呼び方ですが、透明塗料のことをワニス、有色塗料をペンキ、あるいはエナメルと呼びます。油を原料としないアクリル樹脂の透明塗料をクリヤ-と呼んだり、表示したりします。ワニスとクリヤーとは一見、区別されているように見えますが、アクリルワニスと呼ぶ方もいて、複雑です。
私はビヒクル固形分である塗料樹脂名を塗料名称にすることを薦めており、東京タワーの場合には、長油性アルキド樹脂エナメル仕上げと呼びたいのですが、長油性アルキド樹脂は「JIS K 5500 塗料用語」には登録されていません。登録されているのは、アルキド樹脂塗料、フタル酸樹脂エナメルとワニス、合成樹脂調合ペイント(SOP)であり、東京タワーの塗装系は正式名称として、フタル酸樹脂エナメル仕上げと呼ばれています。長油性アルキド樹脂の原料に無水フタル酸を使用するからだと思います。
業界で通用している東京タワーの塗装系はSOP仕上げです。このように述べるだけでも、塗料用語は理解困難という声をよく聞きます。著者は若い頃から特別に疑問を持たず、東京タワーの塗装系はSOPと呼ばれるペンキ仕上げだと理解してきました。
一般の方々は、塗料をペンキと総称し、ペンキの中にアクリル、ウレタンやフッ素樹脂塗料があると思っていることでしょう。図1-2に示すOPとSOPがペンキの代表例であると思ってください。

2. OPとSOPについて
OPとは油性調合ペイントの略称であり、江戸時代の末期から明治にかけて急速に発達した洋式ペイント(堅練りペイント)に、後述するボイル油を加えて塗りやすくしたペンキのことです。OPのビヒクルは乾性油(主として、しな桐油・アマニ油)に乾燥剤(重合触媒)を入れ、空気を吹き込みながら加熱し、平均で3-4量体にしたボイル油です。乾性油の分子量を880とすると、ボイル油の平均分子量は3,000程度になります。
このボイル油に顔料を練り混んだ塗料がOPと呼ばれるペンキです。被膜の主成分(塗膜主要素)はボイル油のみで樹脂成分を含有しません。一方、乾性油と天然樹脂(ロジン、コーパル、エステルガムなど)を高温で重合させたものが油性ワニスで、透明仕上げに使用されました。ペンキの仲間ですが、顔料を含みません。
明治に入り、軍艦や造船の必要度が高くなるに伴いOPの需要が増し、1881年にボイル油、1883年にOPが国産化され、1910年にかけて塗料メーカーも増えました。さらにOPと油性ワニスは鹿鳴館に代表される木造洋館の内装、外装にも使用され、明治時代の建築塗料の主役になっていきました。
図1-2には国産白顔料の亜鉛華(ZnO)を練入したOPの白ベース(エナメル)が1950年以降にはチタン白(TiO2)を練入したSOPの白ベースに移行している様子を示しています。国内でチタン白の生産が始まったのは1950年からです。(注1)
第2次世界大戦後に塗料用合成樹脂が目ざましく発展し、油をまねた合成樹脂として油変性アルキド樹脂が上市されました。この樹脂は分子量を1万~数万まで高めることができ、OPの欠点であった乾燥時間を大幅に短縮しました。樹脂の概要を図1-3に示します。(注2)フタル酸(-COOH)・グリセリン(-OH)・油脂(-COOH)を原料にして加熱すると、フタル酸とグリセリンが反応し、エステル結合で重合していき、長い分子鎖になります。油は脂肪酸のグリセリンエステルですが、オレイン酸やリノール酸のような単一脂肪酸だと見なすと、理解しやすくなります。グリセリンのフリーの-OHに脂肪酸の-COOHを反応させ、エステル結合で脂肪酸を導入します。
樹脂の固形分に占める油の割合を油長と呼び、図1-3に示すように油長が57%以上の樹脂を長油性と呼びます。とりわけ二重結合の数が多い乾性油(リノレイン酸)を導入した長油性アルキド樹脂に顔料を練入した塗料がSOPと呼ばれるペンキです。
油長と油の種類を選択することで、油変性アルキド樹脂は多岐にわたる使い方が可能になります。たとえば、短油性にすると、グリセリンのフリーの-OHが残るので、メラミン樹脂をブレンドすると、アミノアルキド樹脂塗料と呼ばれる典型的な焼付け塗料にすることができます。(図1-4参照)1)この塗料は1948年に上市され、日本の工業塗装をけん引しました。同様に不乾性油であるひまし油を導入した短油性樹脂は-OHを有する高分子可塑剤として有用です。
OP、SOPとも硬化機構は同じです。脂肪酸炭素鎖中の二重結合は図1-5に示すように、(注3)「共有結合を形成するための電子を持っているが、相手がいない状態」です。酸素も同じで共有結合を形成する電子を探しています。この状態で両者が出会うと電子が2個からなる共有電子対(共有結合)が形成され、電子対は安定に存在できる部屋を確保します。
この事が酸化重合の原理であり、二重結合が多いほど酸素と反応する確率が高まります。油脂は二重結合の数が多い順に、乾性油、半乾性油、不乾性油に分類され、当然のことながらOP、SOPに使用される油脂は乾性油です。
酸化重合で硬化する速度は遅いため、ドライヤーと呼ばれる金属脂肪酸塩(ナフテン酸、あるいはオクテン酸Zr,Mn,Coなど)を重合触媒として添加し、硬化時間を8時間程度に短縮させることができました。1950年代にSOPが建築塗料の主役になり、東京タワーに採用されました。SOPの登場で、OPは姿を消しました。SOPの塗膜性能がOPを明らかに上回ったからです。
次回は、東京タワーの塗装仕様を紹介し、瀬戸大橋-明石海峡大橋-スカイツリーに継承された重防食塗装系の経緯を解説します。
〔参考文献〕
(注1)坪田実:“図解入門塗料と塗装の基本と実際”, 秀和システム, p.22, 75 (2016)
(注2)坪田実:色材, Vol.91, No.8, p.282 (2018)
(注3)坪田実:“塗料・塗装の何でも質問講座”, モノタロウ, 4-11 (2022)