1.5.3 電着塗装ラインのはなし
自動車に代表される工業塗装では、電着塗装を行う前に、前処理として、洗浄・脱脂・化成皮膜処理が行われます。前処理工程と電着塗装工程は密接に関係しており、化成皮膜の均一性が電着塗膜の防錆性能を支配します。まず、実際の自動車塗装ラインの一例を図2-35 に示します。6)コンベアースピード6m/分の乗用車ラインの例ですが、図のようにレイアウトされています。前処理工程ラインでは、約220m(37 分)、電着塗装ラインでは約100m(17 分)、焼付け乾燥ラインでは約240m(40 分)になっています。前処理工程の中で“表調”と表示されているのは、表面調整と呼ばれるリン酸亜鉛の結晶化を進めるための化学的な処理を行う工程です。次に続く化成皮膜形成工程を含めて約10 分を要しますが、ここで、化成皮膜が形成されます。
(1) リン酸亜鉛皮膜処理工程
表面調整剤は、一般に、チタン化合物やリン酸やナトリウムなどの混合物からなり、これらを常温の水に溶解させ、リン酸チタン微粒子のコロイドとして使用します。被塗物をこの液中に浸漬させると、素地金属が溶出すると同時に、金属表面にはリン酸チタンが吸着されます。これがリン酸亜鉛結晶の成長基点になり、成長した結晶の付着活性点にもなることで、リン酸亜鉛皮膜結晶を微細化します。その結果、浸漬温度の低下(45℃ 以下)、短時間化、薄膜化を実現しています。表面調整剤による処理作業は単純に浸せきするだけで、時間的には30 ~ 120 秒の工程です。表面調整剤の有無、皮膜化成処理方式の違い(スプレーでやるか、浸せきでやるか)がリン酸亜鉛皮膜の結晶形態にどのような影響を及ぼすかを調べた結果を図2-36 に示します。7)
注目すべきは、表面調整工程の有無の影響です。図から明らかなように、この工程がないと、皮膜結晶の形成ムラが大きいことが分かります。この状態で電着されると、皮膜結晶の無い部分は電気抵抗小のため厚膜になり、焼付け後の塗装面の表面あらさの均一性を阻害します。当然ですが、化成皮膜の無い部分からはさびが発生しやすくなります。さらに、図(a)、(c)を見ると、結晶形態は皮膜形成方式で大きく異なることが分かります。スプレー処理をすると針状(板状)粒子、浸せき処理をすると丸い(もしくは直方体)結晶になります。より均一な状態が望まれ、浸せき処理が採用されています。とくに、1970 年代に、化成皮膜処理として浸せき方式を採用したことで車体の袋構造部内面の処理が可能になったこと、さらに、同時期に電着方式をアニオンからカチオンに変更したことにより、車体全体の防錆効果が明らかに向上しました。
(2) 新規化成皮膜処理について8 )
ジルコン処理と呼ばれる新方式は1)金属の溶出を抑制し、反応スラッジ量をリン酸亜鉛法に比べて約1/10 に削減できること、2)富栄養化物質であるリンを使用しないこと、3)皮膜形成に結晶化が不要のため、表面調整工程を削減でき、処理時間が60 ~ 120 秒程度に短縮されます。皮膜は図2-37 に示すように、従来のリン酸亜鉛処理に比べて緻密であり、ジルコニウム(Zr)と電着塗料樹脂が化学結合するから防錆性能は向上します。反面、皮膜の電気抵抗が大きいため、電着塗料のつきまわり性の低下と電着の膜厚ムラを発生させます。まだ、本格的な導入には至っていないようですが、近い将来には環境対応に叶った表面処理方法になって行くと考えられます。
(3) 電着塗装工程
カチオン型電着塗装工程の概要を図2-38 に示します。5 )化成皮膜処理を終えたボディは電着塗装工程に入り、下塗りが行われます。この塗装ラインについて説明します。
コンベアーによって運搬されてきたボディがA点にくると、つり下げているハンガーと接触し、ボディが負極になり印加されます。この図は通電入槽方式を示しており、一定電圧をかけられたボディが電着浴槽に入ります。電位は塗料のほうがボディより高くなって電流が流れます。通電条件(印加電圧,電流,通電時間,通電方法)は使用塗料の電着特性および被塗物の浸せき条件により決定されます。
実用ラインでは約300V の直流電圧をかけます。この状態で+イオンになっている塗料は前述した電気泳動・電気析出・電気浸透の3 作用により、ボディに電着塗装されます。B点にくるとハンガーと電極が離れますが、この時点でボディ表面は水に不溶の電着塗料(絶縁体)で被覆されています。塗装面は電着塗料の融着物であるため、電着浴槽から出た被塗物を水洗し、図で示すように、乾燥・焼付けが必要です。
(4) 通電方式について
電着塗装ラインでは、通電方式が仕上がり性に大きな影響を及ぼします。図2-38に示す通電入槽方式は塗料に浸漬された部分から順に電着され、電流の流れる面積が限られること、電着された部分は電気抵抗が大きくなることから、電圧が低めでも電着できる利点があり、被塗物が大型になっても適用できます。しかし、浸入角度や浸入速度が異なると、電流密度が異なり、膜厚分布が大きくなったり、ピンホールが出やすいと言う欠点を有します。
そこで、開発されたのが、ボディ全体を浸漬させてから通電するという入槽通電方式です。通電時にボディの面積に応じた電流が流れるため、膜厚分布は小さくなります。最近のカチオン電着塗装ラインでは入槽通電方式が採用され、袋部分のつきまわり性を向上させるために、多段階通電(全没時の電圧を2~3 段階に変えて電着する)方式も考案されています。さらに、ボディ全体を3D に回転できるようにした新方式もあり、つきまわり性が向上します。
次回は、電着塗料と塗膜形成について解説した後、化成皮膜処理の欠損が電着塗装にどのような影響を及ぼすかを説明します。
〔引用・参考文献〕*本章通し番号
1) 坪田実:“ココからはじめる塗装”, 日刊工業新聞社, p.8-27 (2010)
2) 中道敏彦, 坪田実: “ トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.50-59, 81-83(2008)
3) 坪田実:モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 第3 章 いろいろな塗り方 (2016)
4) 坪田実:“工業塗装入門”, 日刊工業新聞社, p.29, 35 (2019)
5) 職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会, p.113-117 (2007)
6) 杉崎勝久:表面, Vol.53, No.5 (2002)
7) 石井均:表面技術, Vol.61, No.3 (2010)
8) 平澤秀公:色材協会関東支部 平成28年度塗料講演会テキスト, p.33-39 (2016)